
ウェルビーイング革命:企業のメンタルヘルスと経済
Well-being Revolution: Corporate Mental Health and Economics
企業のウェルビーイングにおいて、「メンタルヘルス」は重要なテーマとされている一方で、具体的な取り組みやその意義を当事者に訪ねると概ね回答がぼやけています。この要因にはメンタルヘルスは個人に直結する課題である一方で、企業との直接的な因果関係を見出し難い壁があるようです。重要なテーマであることは理解できるものの企業としてその重要性を定義するのが難しいのかも知れません。概ね、経営者は社員がメンタルヘルスを害すると「困る」とか「対策が必要だ」とか言いがちですが、その真意を分析しようとすると言葉だけが1人歩きをしているようで、企業において何故メンタルヘルスが重要なテーマなのか把握できていない課題が最も深刻な課題のようです。そこで、この課題を見える化することで、企業におけるメンタルヘルスの経済価値を考えてみたいと思います。端的には、メンタルヘルスが企業にもたらす収益効果やコスト効果を分析することで、企業のメンタルヘルスと経済の関係を明らかにし、収益を作る方法の1案をまとめながら紹介したいと思います。
<方法と結果>
メンタルヘルスにおける企業の経済を理解するために、企業価値とメンタルヘルスの関係を分析し、その関係を理解することで企業価値の向上へメンタルヘルスを利活用することを考えてみたいと思います。この分析において、価値経済工学(VEE)で用いられるVDメソッド、VDシート、VMチャートを用いて分析します。この手法において、VDメソッドの実行は割愛して、その代わりに、ChatGPTやGeminiなどの生成AIサービスを用いて基本となる情報を自動で抽出してもらい、その後、得られた回答を用いてキュレーションする手法で進めます。(注:キュレーション(Curation)は、情報を収集・整理・編集することで、新たな意味や価値にまとめることです。)VDメソッドを実行することで、個人やチームメンバーが抱いている価値の要素を抽出できますが、AIサービスでは一般的な要素を抽出するのに役立ちます。本来はVDメソッドを用いた結果と生成AIサービスを用いた結果を比較したり考察したりすることで各企業固有の価値を見出すことができますが、ここではこのプロセスは割愛します。
今回はGeminiに「メンタルヘルスと企業価値の関係における重要な要素」(2025年4月10日、12:50頃)を10件まとめてもらい、その後キュレートした結果を表1にまとめました。ここでのポイントは、あえて少し多めに要素を抽出し、その後、その結果からいらない要素を削除したり、グループ化したりしながら要素をキュレートします。また、生成AIによる分析結果は利用する生成AIサービスやその実行日時により変化するので注意しましょう。
表1 メンタルヘルスと企業価値の関係における重要な要素

表2には表1で得られた結果をメンタルヘルスが企業にもたらす収益効果やコスト効果を軸にしてキュレートした結果例です。この結果は、分析する人の価値観が入るので、分析を行う人により結果は異なります。この例では、1と6の要素と4と8と9の要素をグループ化し、3と7と8と9と10の要素を削除しました。似た経済価値を持っていると考えた要素達でグループ化し、削除した要素達は経済価値として重要でないと判断しました。この処理を行うことで、表3に示すように4つの要素にまとめることができて、各要素の言葉と企業価値への影響の言葉を自分なり追記したり削除したりすることで整理します。
表2 要素のキュレーション

表3にはメンタルヘルスが企業にもたらす収益効果やコスト効果がまとまっていて、1は収益の増加とコストの削減に関係している要素、2と4はコストの削減に関係している要素、3は企業の収益増加に関係している要素であることが理解できました。この結果を用いてVDシートを作ります。先ずは、この4つの要素を重要だと思う順番に上から並べ直します。この時点において、定性的な評価を行うことが重要で、1と2を比較した場合に、1の方が重要とか、3と4を比較した場合には3の方が重要と判断しながら重要な要素順にならべることで整理します。次に、この並べた各要素全体の合計値が100%になるように、各要素にその重要度に応じた数値を割り充てます。表4には数値を割り当てた結果例を示してあります。この結果では、「企業価値の向上⇒収益増加」の要素が一番重要でその割合は50%で、次に「従業員の生産性向上による収益増加と欠勤・給食コストの削減」が続いて20%で、「従業員の定着率向上と採用コスト削減」が15%、「リスクマネジメントと訴訟リスクの低減⇒コスト削減」が10%と続きます。つまり、この分析を行った人は、企業におけるメンタルヘルスの経済価値において、収益増加に関わる要素が重要でその割合は50%+25%で75%の割合であることが数値で見える化でき、コスト削減に関わる要素が25%+15%+10%=50%の割合であることも数値で見える化できました。この例では、メンタルヘルスが企業にもたらす経済価値を収益効果とコスト効果でまとめた1例ですがVDシートを発展させることであらゆる軸で要素を定量的に評価したり、潜在的な要素や経済価値を見出したりすることができます。
表3 結果の整理

表4 企業におけるメンタルヘルスの経済価値(VDシート)
要素(源泉) | 重要度(寄与度) |
企業価値の向上⇒収益増加 | 50% |
従業員の生産性向上による収益増加と欠勤・休職コストの削減 | 25% |
従業員の定着率向上と採用コスト削減 | 15% |
リスクマネジメントと訴訟リスクの低減⇒コスト削減 | 10% |
表4の結果から企業におけるメンタルヘルスの経済価値の意味を明らかにすることができました。企業のウェルビーイングにおいてメンタルヘルスは重要だと認識する一方で、何故メンタルヘルスが重要なのかを整理しようとすると様々な視点が交差してしまい、その重要性の因果関係がぼやけてしまいますがVDメソッドを用いてメンタルヘルスと企業価値の関係について経済を軸にして分析することでメンタルヘルスが企業の経済に与える影響とその重要度を明らかにすることができました。この例では、企業が従業員のメンタルヘルスに取組むことで企業価値の向上が見込まれ、その結果として収益が増加するメカニズムが最も大切で、メンタルヘルスにおける経済価値の50%を占めています。続いて従業員の生産性向上による収益増加と欠勤・休職コストの削減が25%を占めていて、この要素は収益の増加とコストの削減の効果が見込まれます。最後に、従業員の定着率向上と採用コスト削減が15%でリスクマネジメントと訴訟リスクの低減⇒コスト削減が10%でどちらも企業コストの削減に効果が見込まれることが分かりました。この結果から企業におけるメンタルヘルスとその経済価値の関係を定量的に整理することが可能で、仮に、ある企業でメンタルヘルスの課題に取り組む際に、この定量化された結果に応じて予算を振り分けたり、優先順位を決めたりすることができるようになります。最後に、VDシートの分析結果をお金になりやすい価値にすることも可能で、企業が抱えるメンタルヘルスの課題に対してソルーションを提供することで収益を作ることもできます。VMチャートを用いることで、このお金になりやすい価値を分析しながら作ることもできますが、このコラムではVMチャートの詳細な説明は割愛し、簡易版のVMチャートで分析方法を紹介したいと思います。VDシートで可視化された自社のメンタルヘルスの経済価値をVMチャートで深層分析することで他社のウェルビーイングに寄与できる製品やサービスを見出すこともできます。
最後に企業のウェルビーイングにおいて、メンタルヘルスを用いた企業価値の向上(収益増加)方法を分析してみたいと思います。「メンタルヘルスと企業価値の関係における重要な要素」を分析する際には生成AIのGeminiを利用しましたが、今回の分析においてGeminiは利用することなく、簡易版のVMチャートを用いて分析を行います。ちなみに、Geminiを用いて分析しても「メンタルヘルスと企業価値の関係における重要な要素」と似たような結果が生成されたり、分析対象が狭くなると的外れな回答が生成されたりするので生成AIは参考程度に利用するのがお勧めです。簡易版のVMチャートでは、分析したい経済価値(収益を作る方法)をお金の機能単位に分割することで分析を行います。お金の機能とは、交換性、計測性、貯留性の3つの機能で、この各機能を備えている方法を考えて行きます。表5にはこの分析結果の1例をまとめてあります。交換性に関しては、何かを交換できる機能に焦点をおいて、メンタルヘルスで交換可能な事を考察した結果、悩み事を持っている人どうしが悩み事を交換するアイデアが浮かびました。匿名で悩み事を交換しながらお互いにアドバイスし合う仕組みを作ることで企業価値を向上させることができると考えをまとめました。計測性に関しては、社員と会社のメンタルヘルス度を数値化するアイデアが浮かびました。最後に、貯留性に関しては、社員の様々な心の悩みを匿名で集めて、その悩み事の傾向や特性を分析することで会社が社員の悩み事の根本を解決する仕組みを作るアイデアが浮かびました。簡易版のVMチャートを用いることで各機能を軸にしたメンタルヘルスに関わる価値向上方法を見出すことができましたが、この段階ではまだ収益を作れる方法としては未完成です。お金になりやすい価値(方法)を見出すにはこの3つの方法を合わせることが必要です。交換性の方法と計測性の方法と貯留性の方法を組み合わせながら文章やその内容を整理することで、表5にまとめたメンタルヘルスに関わる収益増加方法の1案を作ることができました。
表5 VMチャートを用いたメンタルヘルスに関わる収益増加方法の分析
お金の機能 | 方法 |
①交換性 | 悩み事を持っている人どうしが、匿名で他人の悩み事を聞いてアドバイスし合える仕組みを作る |
②計測性 | 社員と会社のメンタルヘルス度を数値化する |
③貯留性 | 社員の心の悩み事を匿名で集めて、悩み事の傾向や特性を分析することで、会社が社員の悩み事の根本を解決する |
お金になりやすい価値⇒収益増加しやすい方法 | |
①+②+③ | 社員のメンタルヘルス度を匿名で見える化し、また、社員の心の悩み事も匿名で集めて、悩み事の傾向や特性を分析しながら、悩み事を定量的に分析することで会社のメンタルヘルス度を見える化して、会社が社員の悩み事の根本を解決することで会社のメンタルヘルス度を改善し、匿名で他人の悩み事を聞いたりアドバスしたりできる仕組みを作る |
<結果の考察>
社員のメンタルヘルス度を計測する方法として、アンケートや質問紙による主観的な評価方法や心拍などの生体情報を用いた客観的な計測方法により実現可能で、また、社員が心の悩み事を匿名で伝えることができる掲示板、SNS、WEBメールなどの情報共有システムを作ることもできます。社員のメンタルヘルス状態を定量的に把握しながら社員の心の課題を把握することで会社は具体的に存在している課題の傾向や特性を定量的に分析することが可能になるので、各課題に対して効果的な対策を実施することができるようになります。同時に会社が自社のメンタルヘルス度を評価する指標を開発して会社がメンタルヘルス度を改善することや抱えている課題を公表しながらその結果と成果も共有することができれば企業の社会的評価、人材獲得力、顧客からの信頼、ESG投資、ブランド価値、顧客ロイヤルティ、長期的な企業価値を向上させることに役立てられます。また、匿名で他人の悩み事を聞いたりアドバスしたりできる仕組みは社員のメンタルヘルスへの理解を高めることに有効で、社員の生産性向上や離職者の低下にも効果が期待できると同時に、人材獲得力、顧客からの信頼、顧客ロイヤルティの向上にも効果が期待できそうです。
企業の社会的評価が高まれば企業競争においてお客様に選択されやすくなることが期待できるので、結果的に売上の増加が見込まれます。会社が社員のメンタルヘルスを定量的に管理し、その改善度合いの目標値を設定し、会社がその達成度合いを会社の内外に伝えることで効果的な社員のメンタルヘルス管理を実施できます。このような取り組みは社会的評価や会社のブランド価値を高める効果が見込めるので、会社への投資を呼び込む効果が期待できます。特にESG投資の対象として投資家に定量的なESGの取り組みとその効果を説明できるようになります。
<結論>
メンタルヘルスが企業にもたらす収益効果やコスト効果を価値経済工学で用いるVDシートと簡易版のVMチャートで分析した結果、企業のメンタルヘルスと経済の関係が明らかになり、メンタルヘルスによる収益増加方法の1案を開発することができました。
企業のウェルビーイングにおいてメンタルヘルスは重要なテーマですが、その具体的な取り組みが進まない課題に対して、メンタルヘルスを見える化し、また、社員と会社のメンタルヘルス指標を作ることで社員に対しても社会や取引に先に対しても会社の取り組みを定量的に説明することができるようになります。この結果として、会社の社会的評価が蓄積されることでより多くの人に理解され、取引先として選ばれることで会社の収益が増えやすくなる結果に至るメカニズムを理解することができました。このメカニズムを表6にまとめました。
表6 収益増加メカニズム
メンタルヘルス | 計測性 | 交換性 | 貯留性 | 収益増加 ・取引先増加 ・投資増加 |
メンタルヘルスを見える化することで計測 | メンタルヘルス対策を定量的に社員や取引先と交換 | 会社の社会的評価の蓄積 |
著者 並木幸久
Ver. 250424001
<関連コンテンツ>
価値経済工学とは?(YouTube動画)
お金になる価値の素
http://wiph.co.jp/wp/vee/element/
お金になる価値の必要条件と十分条件
http://wiph.co.jp/wp/vee/necessary_and_sufficient/
お金になる価値 の見つけ方(VDメソッドその1)
http://wiph.co.jp/wp/vee/vdm_part1/
ウェルネス経済:お金になる健康の素
http://wiph.co.jp/wp/vee/we_healthmakesmoney/
ウェルネス経済 :お金になるウェルネス の正体
http://wiph.co.jp/wp/vee/we_wellnessmakesmoney/